捨て猫

3年ほど前の話です。私は夜勤の仕事が終わり自転車で家路に向かいました。

我が家のすぐ近くの川に差し掛かった時に猫の鳴き声が聞こえてきました。

「にゃー、にゃー。」

その声は普段よく聞く野良猫の鳴き声より高くか細い声でした。

私は自転車を止め電灯もない川沿いを見まわしました。

暗闇の中を目を凝らして見てみるとそこには生まれて数カ月程の小さい真白な猫がこっちを見ていました。

普段猫に全く興味がない私ですが澄んだ瞳の猫があまりにも可愛すぎて体が硬直しました。

私を猫を見つめながら考えました。

「このまま猫を放置しておけば多分死んでしまうだろう、但し我が家はアパートだから飼う事ができない。」

このまま見なかった事にするのが最良の選択ですが私はそれを拒否して猫を捕まえ自宅に連れ帰りました。

家に連れて帰るともちろん家族は大騒ぎです。

妻からは当然怒られました。

「何で連れて帰ってきたん、どうするん?」

娘は当然大喜びです。

「可愛い、飼いたい。パパお願い。」

私も飼いたいのはやまやまですが我が家のアパートではどうしても無理です。

その日は段ボールに入れて餌を与え様子をみました。

翌日妻にも頼み会社の人に飼ってくれる人がいないか当たってみる事にしました。

私の会社では猫を飼ってくれるという人がいませんでしたが家に帰って妻に聞いてみると妻の実家で飼ってくれると許可をもらえたそうです。

私は妻と知り合ってから約20年になりますが初めて感謝の念を持ちました。

持っただけで当然伝えてはいません、伝えるつもりはありませんが何か?

次の日に妻の父が我が家にきて猫を連れて行きました。

一緒にいたのはたった2日程でしたが猫に興味がなかった私があっという間に猫好きになってしまいました。

またあの猫に会いたくてたまりません。

娘は既に「みーちゃん」と名前をつけ妻の実家に帰るのを楽しみにしていました。

妻の実家は我が家から車で30分程の距離で近いため、妻は月に1回程度実家に帰っています。

私もみーちゃんと会いたい気持ちは強くありましたが妻と休みが合わず妻の実家に行く事が中々できませんでした。

会いたい気持ちは募るばかりです、初恋の気持ちと一緒です。

それから半年くらいたった頃でしょうか、妻がいきなり私に写真を見せてきました。

「何この写真?」

「みーちゃんよ、可愛いやろ。」

そこにはすっかり目つきと体型が変わった猫が写っていました。

やはりペットは飼い主に似るんですね。

「今度の日曜日休みが合うから実家にみーちゃんを見に行かない?前から会いたいって言ってたやん、可愛いよ。」

妻の言葉を聞き私の心の声が口に出ました。

「目つきが悪いデブが。」

「誰の事言いよんな!」

妻は自分の事を言われたと思ったのでしょうか、激怒しました。

まあ間違ってはいませんが。

やはり飼い主は実家のペットに似るんですね。

宿題

今年はコロナの影響で学校がしばらく休みになっていたため娘の小学校の夏休みが8月1日からになりました。

夏休みの期間は普段より短くなりましたが宿題は普段と変わらず膨大にあります。

私の子供の頃は夏休みの宿題は全くせず最後の2日間で全部終わらせていました、懐かしい思い出です。

私が仕事から帰ると居間で娘が夏休みの宿題をしていました。宿題を見ていた妻と娘がうんうんと唸っています。

問題を見てみると「夏休みの思い出を5・7・5・7・7を意識して書いてみよう。」と書いてありました。

これは小学4年生にしてみると難易度が高いと思われます。

「パパ、何か考えてや。」

可愛い娘からお願いされたのと吟遊詩人を目指していた血が騒いだため考える事にしました。

「夏休みやからスイカとかいいんじゃない?」

食前のお菓子を食べながら妻が横から口を出してきました、詩における才能が皆無の妻にしては良い提案です。

私は言葉の選択を何度も変え10分程考え込みました。

「思いついた。」

「どんなの?」

「これで行こう『夏休みスイカをかじり種飛ばし 3日たちてもまだ残りけり』どうかな?」

最高の一首ができました。

「よく考えて、小学4年生よ。4年生の中でも更にこの子よ。けりなんか使うか!」

妻から否定の言葉がとんできました。

「分かったじゃあ種飛ばしから下は変更するわ。」

更に10分程の時間を費やし私は考えました。

「できた『夏休みスイカをかじり種飛ばし 甘き香りに蟻が群がる』どうかな?」

「あほか、前の漢字テストでこの子25点やったんよ!」

妻の言葉は正しいかもしれませんが横にいる娘を傷つけていないでしょうか、娘に目線を向けると鼻くそをほじっていました。何ら問題ないようです、妻との話を続けます。

「じゃあどんなん作ればいい?」

「蟻がきて可愛いなとかでいいんよ。」

「何なんそれは、アホの44歳の女性が作ったとしか思えん。」

「うるさい!」

結局いつもの妻と私のケンカになってしまいました。

「パパ、蟻がきて可愛いなにする。」

娘は妻の案を選んだようです。娘が書き出した文字を見ていると夏休みが夏体みになっていました。

蟻がきて可愛いながしっくりきますね、妻の見立てもたまには当たるようです。

名言集

小学4年生になる娘が最近、ますます私に似てきました。娘と最近会った出来事をまとめました。

事例①

車の運転中に赤信号につかまりました。青になるまで少し時間があったため隣に座っている娘の顔を見つめていました。娘はこちらを一切見ず前方を見つめ私に言いました。

「パパ、ちゃんと前を見てよ。人生と一緒よ。」

事例②

娘を学童保育に迎えに行き近くのスーパーに寄っていこうとしたところ障害物や段差等、何もない道で娘がつまずいてこけました。

「私こけたのはこれで今日5回目よ。」

「何でそんなにこけるん?」

1日5回もこけるのは少し異常です、私は心配になって質問しましたが娘は強くはっきりと答えました。

「私は前だけ見て歩いているんよ。」

いつもの調子で名言風に言ってきました。

「でも時には足元見ないと危ないよ。」

私が注意した所、娘は私の目をみつめ力強い口調で言いました。

「こけたらまた立ち上がればいいんよ!」

事例③

私がお風呂に入っていると娘が後から入ってきました。当然湯船に入る前に前と後ろをお湯で流します。お湯で流す前に娘のお尻を見てみると白いものが目に入りました。

よくよく見るとティッシュが挟まっていました。

「うわ、汚い。」

私は叫びました。

娘は私の言葉を意に介さずお尻を洗い「手ごたえあり。」と呟き湯船に入ってきました。

「ちゃんと洗った?」

「大丈夫。」

娘はお尻にティッシュが挟まっていたことを大して気にしていない様子です。

「これからは気を付けてね、俺はあんたの今後の人生が心配よ。」

私の言葉を聞き娘は湯船から立ち上がり右手を右斜め上に高く掲げ左手をピンと真横に伸ばし叫びました。

「心配ないさーーーー。」

お尻にティッシュを挟んだライオンキングの今後が心配です。

以上、最近の娘の名言集でした。

クルーズ

今年はコロナの影響で夏なのにほとんど出かけていません。

先日妻から岡山の牛窓という地域でほんの1時間程ですが遊覧船で瀬戸内のクルーズができるので家族で行かないかと誘われました。

牛窓は我が家から車で40分程度の所にあり、日本のエーゲ海と自称している地域です。

多分どこにも許可は取らずに名乗っていると思われます。

妻も一緒に行くという事に少し躊躇いを覚えましたがせめて夏に1つは思い出を作りたいと思い渋々行く事にしました。

クルーズが16時からあり、どうやら先着順でしか乗れないらしく2時間前に出発しました。

家を出るまえは晴れていましたが車に乗り込むと、いきなり空に雲がかかり雨が降り出しました。

牛窓に向けて車を走らせました、雨ですが少しでも雰囲気を明るくしたいと思い私は歌を口ずさむ事にしました。

「パプリーカ・・・」

「パパ癖が凄いよ。」

娘が好きなNHK2020応援ソング「パプリカ」をワンフレーズ歌っただけで娘からダメ出しが飛んできました。

私は歌が下手ですが納得できません。

「待て待て、ちょっと本気で歌うわ。パプリーカ・・」

「いやいや、酷いよ。」

娘の酷評が続きます、私ばかり非難されるのは納得ができません。

「俺が下手なのはわかった、じゃああんたが歌ってみてや。」

「わかった、じゃあ歌うよ。パフリーカ花がさいーたらー・・・・」

音程が全く合っていません、ドがつく下手さです。

「あんたも下手やな。」

「学校で歌のテストがあったんやけど私だけ合格できんかったんよ。最後の最後に先生が『今回だけ特別だからね。』って合格させてもらったんよ。」

そんな程度の女に歌を判断され腑に落ちない状態でいる私に妻が声を掛けてきました。

「2人とも歌わんで。気分が悪くなってきた。」

妻は私と娘の歌を貶してきましたが、妻の歌をあまり聴いた事はありません。

「わかった、もう歌わんけど最後にあんたも歌ってみてや。」

「えー嫌よ。」

「いいから一回だけでいいから。」

妻はかなり嫌がっていましたが渋々歌いだしました。

「パフリーカ花がさいーたらー・・・・」

「やめろーーーー!」

あまりの下手さに我を忘れ怒鳴ってしまいました。

私が音痴で音痴が妻で娘が歌に嫌われているようです。

家族3人で傷つけあった1日でした、いい夏の思い出ができました。

ちなみにクルーズは雨で中止になりました。