ある休みの日ふと思いました。38歳にもなって妻と娘がいるのに、まだモテたいって言っている。
今のままでも十分ですが、そろそろ内面も磨いていかないといけません。どうしたら内面を磨けるでしょうか。
そうです、美しい詩を暗唱する事です。
美しい詩を色々探しましたがどれもピンときません。
ネットで必死に探しているとシェイクスピアのソネット(14行から成るヨーロッパの定型詩。)が目に入りました。
シェイクスピアは154のソネットがあり、そのどれもが美しい詩です。
その中でも一番有名なのが18番の詩です。
18番の詩を読み終わった後、私は涙でパソコンの画面が見えませんでした。
なんと美しい愛の絶唱、詩人が愛する人へ向ける言葉には、これ以上はないであろう。 シェイクスピアの崇高な魂の美しさは、この詩の中で永遠に生き続けています。
あまりに感動したため、これは我が家の四次元ポケットを持っていないドラえもんにも聞かせてあげないといけません。
夕方になり駐車場から声が聞こえてきました。
「ランドセル置いてくなー。」
「お母さんが持ってきてや。」
「こっちも荷物いっぱい持っとんよ。コラ、逃げるな。」
「ひゃっひゃっひゃっ。」
この下品なやりとりは、間違いなく妻と娘のようです。
その声が聞こえてすぐ家の扉が開き妻と娘が入ってきました。 妻は荷物を置き、コーヒーを作り居間に座りテレビをつけます。 仕事に疲れて不機嫌そうな妻に私は意を決して話しかけました。
「ねー、ねー、ちょっと聞いてほしい詩があるんよ。」
「何?」
私はシェイクスピアの18番のソネットを暗唱しました。
「君を夏の日にたとえようか。いや、君の方がずっと美しく、おだやかだ。
荒々しい風は五月のいじらしい蕾をいじめるし、なによりも夏はあまりにあっけなく去っていく。
時に天なる瞳はあまりに暑く輝き、かと思うとその黄金の顔はしばしば曇る。
どんなに美しいものもいつかその美をはぎ取られるのが宿命、偶然によるか、自然の摂理によるかの違いはあっても。
でも、君の永遠の夏を色あせたりはさせない、もちろん君の美しさはいつまでも君のものだ。
まして死神に君がその影の中でさまよっているなんて自慢話をさせてたまるか。
永遠の詩の中で君は時そのものへと熟しているのだから。
ひとが息をし、目がものを見るかぎり、この詩は生き、君にいのちを与えつづける。」
私がこの素晴らしい詩を読み上げ感傷に浸っていると、妻は言いました。
「何それ、気持ち悪い。」
我が家のリアルドラえもんは、どうやらあまり詩がお好きではない模様でした。現場からは以上です。