日曜日の昼間、娘の勉強を見ていた日の出来事です。いきなり「パパの歌を歌ってあげる。」と娘がいいました。あまり歌を歌ったりする事がなかったので少し嬉しくなりました。「じゃあお願い。」と期待を込めていいました。
「じゃあ歌うね。」と言い娘が歌いだしました。
「酒のんでー、酒のんでー。どぶに落ちて怪我してお母さんに怒られてー、世界中の女から使えない男と言われて。それにそれに結婚もできない。」
普段どんな風に娘に見られていたんだろうか・・・。

日曜日の昼間、娘の勉強を見ていた日の出来事です。いきなり「パパの歌を歌ってあげる。」と娘がいいました。あまり歌を歌ったりする事がなかったので少し嬉しくなりました。「じゃあお願い。」と期待を込めていいました。
「じゃあ歌うね。」と言い娘が歌いだしました。
「酒のんでー、酒のんでー。どぶに落ちて怪我してお母さんに怒られてー、世界中の女から使えない男と言われて。それにそれに結婚もできない。」
普段どんな風に娘に見られていたんだろうか・・・。

私は酒が大好きです。夏の日の出来事です、会社の仲間と皆でビアガーデンに行きました。
仲のいい10人くらいで行き楽しく飲みました。私は調子に乗って10杯位のみフラフラになりました。解散した時間が遅く帰りの電車もバスもありませんでした。私の家はその店から歩いて1時間ほどかかるのですが、あまり持ち合わせもなかったため歩いて帰るしかありません。酔っぱらっていい気分で歩いて帰っていました。しばらく歩き、友達からラインが来ていたため携帯を触りながら歩いて帰っていたその時です、足を踏み外し頭を強く打ちました。少しの間だけ意識を失い気づいたら全身が水浸しになっていました。頭まで水につかっており、このまま意識を失っていたら死んでしまうと思いました。どうやら足を踏み外し深めの溝に落ちてしまったようです。頭も強く打ち頭から血がでていましたが這う這うの体で何とか家に帰りました。
家に帰りシャワーを浴びその日は眠りにつきました。
次の日の朝、頭が痛くて起き上がれません。
起き上がろうとしましたが意識が飛びそうになりました。
「大丈夫?」
妻が私の傷口を確認し、傷口が酷かったらしく救急車を呼びました。
救急車が来る前もとてもしんどく、頭を押さえて呼吸があらくなりましが何とか意識はありました。
救急車が到着し、隊員の方が寝転んでいる私を担架にのせて中に運び込んでくれました。
人生初の救急車です。
私は上半身裸でパンツ1枚で救急車に乗せられました。
妻と娘も一緒に乗り込みました。
救急隊員が妻にいくつか質問をしました。
「いつ怪我をしたんですか?」
「どこで怪我をされたんですか?」
妻は心配そうな顔をして質問に答えていました。
私は妻に心配をかけている事をとても申し訳なく思いました。
隊員が続けて質問をしました。
「ご主人は身長何センチですか?」
「170センチです。」妻が言いました。
妻の言葉を聞き、私はここだと思いました。
少しでも妻の気持ちを和らげるチャンスです。
「違う・・・169センチ」
ピーポー、ピーポー、救急車の中が静まりサイレンの音がとても大きく聞こえました。
薄れゆく意識の状態でしたが、意識がはっきりしてきました。
救急車の中ってとても静かなんですね。

会社のお昼休みでの出来事です。私と会社の女性社員2人と計3人で話をしていました。
話題は犯罪の話になり「下着泥棒が捕まった時はずかしいよな。」という話になりました。体育館で盗んだ下着をすべて広げられ自分の性癖が露わになります。
そこから話が展開しエロDVDをどうやって借りるかという話になりました。
私は言いました。
「俺はエロDVDを借りても一番上に置いて借りる。エロDVDを借りる時でも誇りをもって借りたい。俺は今から見るんだというのを胸を張ってかりたい。」
女性社員は若干引いていましたがここで負けるわけにはいきません。
「でも少し自分の借りたいタイトルのとは違ったやつを借りるんよ。」
「何でですか?」と女性社員から聞かれました。
「やっぱりな、そうは言っても自分の性癖が露わになるのは嫌なんよ。エロDVDを借りて今から見るっていうのは胸を張って言えるんよ。でもなこいつこういう性癖持っているんやなって思われるのが嫌であえて少し外すんよ。そりゃマジックミラー号とか素人ナンパ物とかいいし、後は・・・」
熱く語っている途中に女性社員を見ると2人とも完全に引いていました。
あれ何で昼間っから自分の性癖の話をしているんだろう・・・。
途中で話を止めてそそくさと仕事に戻りました。
子供の頃に想像していたかっこいい大人に自分は近づけているかな・・・。

私も妻も共働きのため娘を学童保育に預けています。1年生の時から預けているためもうすぐ丸2年ほどになります。2年もたつと顔見知りの子供もかなり増えてきます。
その日は私が仕事が早く終わったため子供を学童まで迎えに行きました。
娘が2階で漫画を見ているとの事でしたので、階段を登ろうとした所、娘の友達に話しかけられました。
「ねーねー。」
見ると娘の友達の同級生の女の子です。以前学童にボランティアで学童の子供と遊ぶイベントがあり、参加した時に遊んだあーちゃんという名前の女の子です。
「今日はお父さんがお迎えなん?」
「そうなんよ、仕事が早く終わったんよ。」
「この前小学校きてたよね、私見たよー。」
娘が喘息もちのため、朝病院に連れていき教室の前まで連れていった事が2~3日前にありました。
「そうなんよ、喘息もってるから病院に連れて行ってたんよ。」
「喘息って?」等、他愛もない話を続けていました。
あーちゃんは丁度外に遊びに行く途中だったらしく一緒に外に出ようとした友達が何度もあーちゃんを呼んでいましたがずっと私に話かけてくれました。
「じゃあまたねー。」と最後にとても笑顔で挨拶をしてあーちゃんは外にでていきました。
話しかけてくれた事が嬉しくて私は帰りの車の中で娘に今日の出来事を話しました。
その話を聞いた娘は不思議そうな顔をしていました。
「どうしたん?」と私が聞いたところ娘は言いました。
「何でこんな男に興味があるんやろ」
危ない所でした、多分飛行石を持っていたら私は「バルス」を唱えていた所でした。
飛行石持ってなくて良かったー。

仕事に行った時に昼食は大体弁当です。会社に休憩室があり昼食はいつもそこで食べます。職場の仲間から弁当を見られて「愛妻弁当ですか?」とよく聞かれます。
その時私は必ずこう答えます。
「いいえ、愛妻弁当ではありません、妻の弁当です。」
「さらに正確に言うと冷凍食品と昨日の夕食の残り物を詰めた弁当です。」
そう伝えると職場の仲間はほぼ全員苦笑いします。
亡くなったじいちゃんが嘘はつくなって言っていました。遺言は守らないといけません。
私が持っていっている弁当は愛妻弁当ではありません、妻弁当です。

妻と一緒にイオンを歩いていた時の出来事です。いつもかわいい娘が歩いていたら目で追ってしまいます。その日も可愛い娘がたくさんいました。
「あの娘可愛いよな。」
「声かけていいかな、何て声かけようかな。」
そう妻に話しかけていました。
その時妻が冷たい目をして言い放ちました。
「友達か!」
そういえば隣で一緒に歩いている人は戸籍上は妻である事を忘れていました。
役所に婚姻届け出した気がします。

サッカーW杯を娘と一緒に見ていた日の出来事です。
私は普段サッカーが特段好きでもないためTVで中継があっても見る事はありません。ただしW杯の日本戦はたまに見る事があります。
その日仕事から帰ってTVをつけた所、ベルギーと日本の戦いの真っ最中です。ミーハーな私は燃えてきました。大きな声で応援しました。
「にっぽん、にっぽん」
突然の私のテンションに娘はびっくりして聞いてきました。
「パパ、どうしたの」
私は答えました。
「負けられない戦いがそこにあるんよ。」
娘の心に響くかっこいい言葉を伝えました。その言葉を聞いて娘がいいました。
「パパ、それも大事やけどパパは町中の女の子から嫌われとんよ。」
その日応援しながら飲んでいた缶ビールがいつもより少し苦く感じました。
日本が負けてしまったからですね。

娘と妻とドライブ中の出来事です。どこに行くでもなく、あてもなくドライブをしていました。ひとしきり私の大爆笑トークで2人を笑わせた後、特に話題もなくなったので私が何気なく小声でつぶやきました。
「かっこよくてごめんなさい。」
娘と妻がその言葉に素早く反応しました。
妻のその言葉に対するコメントは「勘違いしてゴメンやろ」
娘のコメントは「お母さん違うよ、運転下手でゴメンやろ」
妻と娘に愛されていると思えた1日でした。

私は最近の日本の人口減少に多大なる興味を持っています。今後日本が更なる発展をしていくうえでこれは大きな問題です。私は政治家でもありませんが、何か対策を考えなければいけません。3日3晩考えて1つの結論が出ました。これは妻に発表しなければいけません。
「俺は日本を変えたい、人口減の日本の未来を変えたいんよ。これからの日本は一夫多妻制でいこう。」
妻は言いました。「収入ないと養えないやん。」それはその通りです。「こうしよう年収500万以上は2人、1000万以上は3人にしよう。」妻が顔をしかめていいました。
「あんた薬やっとん。」
いいえ私は薬はやっていません。日本を変えるためにここで負けてはいけません。妻も議論の輪に加わってもらい、話し合いました。妻は年収800万ないと2人は持てないとの意見でしたが、私の粘り強い説得で年収600万以上で2人に条件を落ち着ける事ができました。
明日からダブルワークしようかな・・・。

別の日に子供と一緒にお風呂に入った日の出来事です。娘が「私は学校で何番目に可愛い?」と唐突に聞いてきました。マンモス小学校なので全校で約1200人ほどいます。女子はその中の半分として600人位。親目線でみても娘は普通より少し可愛い位。
「200番くらいかなー。」
それを聞いて娘は怒りました。
「お世辞を言わんか、お世辞言わんと物売れんよ。」
8歳にして(最近誕生日を迎えて8歳になりました)お世辞を要求してきました。
「どういう風にしたらいいん」と聞いた所娘は答えました。
「まず家にいって子供のおもちゃがあったら子供がおるんよ。それから勉強の事を話して親を不安にさせて、子供を引き付けて、デラックス学習セットを置いて、おまけで釣って、後はな・・・・」
「ハンコを押すのを待つだけなんよ!。」
ハンコを押すのを待つだけ・・・。
お世辞を言う話から教材を売る話に変わっていました。
